2014年12月29日月曜日

この一年間ありがとうございました

今年も残すところ本当にあと少しとなりました。この一年間このブログを見て下さった方々、本当にありがとうございました。正直、思いつくまま何となく書いたため、なんともまとまりのないものとなってしまいましたが、今後もこんな感じで書いて行こうと思います。来年以降もよろしくお願い致します。
さて、常光寺ではただいま新年に皆様をお迎えするための準備をしております。大晦日から元旦にかけて天気のほうが崩れそうですが、当山では12月31日深夜から1月3日まで、初詣のご参詣をお待ちしております。

昨年までの墨絵は霊光殿前に展示してあります。の墨絵は当山入口に展示します。



大晦日の夜には竹灯籠によるライトアップを行う予定です。

また、先着300名様に来年の干支である未の根付をお配りします。そして温かい縁引きスープを用意して関係者一同お待ちしております。


2014年12月18日木曜日

掃除と仏教について②

少し間が空きましたが、前回の続きです。

【お掃除と仏教のお話し②】
昔々お釈迦様の弟子に、ある兄弟がいました。兄の摩訶槃特(まかはんどく)〈マハーパンタカ〉はお経の勉強もよくできましたが、弟の周利槃特(しゅりはんどく)〈チューダパンタカ〉は、物覚えが悪くて、朝聞いた事も夜になると忘れてしまう位の人でした。その上自分の名前も覚えられず、背中に自分の名前を書いてもらい、人に名前を聞かれると、自分の背中を見せて名前を教えるほどでした。ですから他の弟子達からいつも馬鹿にされていました。余談ですが、野菜の『茗荷(みょうが)』「名を荷(にな)う」と書きますが、この由来は自分の名前を覚えられずいつも背中に背負っていた周利槃特のお墓から生えてきたそうです。昔から『茗荷を食べると物忘れをしやすくなる』と言われているのも、この周利槃特の忘れっぽい性格からきていたのです。

彼はそういう自分が情けなくなって、お釈迦様の所へ行き「こんな愚かな私はもうお坊さんをやめたいのです」と相談しました。するとお釈迦様は「本当に愚かな人は自分が愚かである事を知らない人です。お前はちゃんと自分を知っている。だからお前は愚かではないよ。」と言って、彼に一本のホウキを持たせて「綺麗にしよう」という言葉だけ教えたのです。周利槃特はそれから何年も、その短い言葉だけを忘れそうになりながらも繰り返し言いながら掃除をし続けました。ある日、いつものように庭を掃いていると、お釈迦様が「ずいぶん綺麗になったね。だけどまだ一カ所だけ汚れている所があるよ」と声をかけたのです。

周利槃特は不思議に思い「どこが汚れているのですか」と尋ねましたが、お釈迦様は教えてくれません。「はて、どこだろうなあ?」と思いながら、それからもずっと「綺麗にしよう」と言いながら掃除を続け、結局何十年も経ったある日「そうか、汚れていたのは自分の心だったのか」と気付いたのです。その時、お釈迦様が彼の後ろに立っていて「やっと全部綺麗になって良かったね」と言いました。この時、周利槃特は皆に好かれる誰よりも心の優しい人になっており、阿羅漢(あらかん)という聖者の位に就きました。

皆さんも、その状況を想像してみて下さいね。最初は掃き方も下手で、わけも分からずに一生懸命掃いているのです。しかし、そのうちに掃除にも慣れてきて「あの隅っこが汚れているぞ」と気が付いたり、掃いてもしばらくするとまた汚れてくる事や、「綺麗に掃けたなあ」と思っても、光が差し込んでくると空気中にいっぱいのほこりが浮かんでいるのが見える。その中で「いくら掃いても綺麗にならないものだなあ・・。あっ!自分の心もそうじゃないのかなあ」と、気付いたのです。「お釈迦様はなぜ自分に掃けといったのか。それは結局『自分の心を掃け』ということだったのだなあ」と悟ったというわけなのです。


現代社会では『思いやり』という言葉が存在しますが、この『思いやり』の訓練を何日も、何年も、いや生涯続ける事が出来れば、周利槃特が阿羅漢になったように、誰でも人を引き付ける立派な人格を身につける事ができます。『成功に秘訣というものがあるとすれば、それは他人の立場を理解し、自分の立場と同時に他人の立場から物事を見る事の出来る能力である』自動車王ヘンリーフォードの言葉です。思いやりこそ、人生を成功に導く鍵なのですね。

思いやりに限らず、このお話は『一人一人がするべき事をひたすら一生懸命諦める事無く実行していけば、その結果は必ず素晴らしいものになるんだよ』というお釈迦様から私達へのメッセージなのではないかと思います。

2014年12月2日火曜日

掃除と仏教について①

今年も残すところあとわずかとなりました。みなさんのご家庭でも年末になると大掃除をする事と思いますが、今回は掃除と仏教について少し書いて行きたいと思います。

【掃除は修行】
昔から、日本仏教世界の日頃の修行として「一、作務(さむ) 二、勤行(ごんぎょう) 三、学問」といわれてきました。まず、1番が『作務』です。作務とは掃除や片づけ、庭の草取りや、昔ですと薪を割ったりお風呂を沸かしたり・・簡単にいうと、体を動かす作業の事です。その中でも作務の代表格は掃除です。皆さん『作務衣(さむえ)』という言葉の方が馴染みがあると思いますが、これは元々お坊さんがこのような作業を行う時の服装から来たものです。現在は一般の方々も着ていらっしゃったり、時には飲食店の制服にもなっていたりして、お寺以外でも目にする機会が増えましたね。
2番目の勤行とは、お経を読む事です。そして最後の学問はお経や仏教に関する知識のお勉強です。今の時代なら「一に勉強、二に勉強、掃除なんかしなくて勉強しなさい」と言われそうですが、お寺のお坊さんは掃除が1番です。仏教は人格を完成させる為の教えで、その手段としてお経を読んだり知識を得る事も勿論大切なのですが、「なんだそんな事」とおろそかにされがちな掃除などが、実は心を磨くのに大変重要な事なのだと教える為に作務はお坊さんの勤めの1番になっているのです。

【身の周りを磨くのは心を磨く?!】
仏教のお話ではありませんが、作務に繋がるお話です。
日本には昔から剣道・弓道・柔道・茶道・華道など○○道といわれる武術や稽古事がありますが、それらの稽古の前と後には必ず稽古場の掃除をします。例えば剣道にしてみれば剣の奥義を極める事は即ち、人間の奥義を極める事で、その為に道場の清掃は極めて大切な修行なのです。学校では毎日生徒が掃除をし、学期末には大掃除を行いますね。それはただ綺麗にする、というだけでなく『人の心を磨く』という重要な意味が込められているのです。

【お掃除と仏教のお話①】
インドやタイなどの仏教僧は掃除などの労働はしません。日本や中国の僧侶は作務といって労働をします。いつ頃からかどのように変わったのでしょうか。
それは中国の唐の時代、達磨大師(だるまたいし)から8代目の百丈懐海禅師(ひゃくじょうえかいぜんじ)からだといわれています。百丈禅師は西暦800年頃に百丈清規(ひゃくじょうしんぎ)といわれる禅道場の修行の規則を作られた方です。現在でも、禅宗の修行道場の規則はこの清規の基づいています。
それまでの修行僧は労働には携わっていませんでしたが、百丈禅師は作務の中に宗教性を見出し、修行に作務を取り入れました。百丈禅師は95歳の天寿を全うされたという方で、高齢になってからも修行僧と一緒に作務に従事し、1日も怠る事がありませんでした。しかし弟子達は、老体の禅師が作務に励んでいる姿を見てその身を案じ、何度も作務を休むようお願いします。ところが禅師は聞き入れません。そこで弟子達は相談し、禅師専用の作務の道具を隠してしまいました。「道具がなければ禅師が作務を休まれるだろう」という弟子達の考えです。作務の合図の鳴らし物の音を聞き、出てきた禅師は、自分の道具がないので部屋に戻りました。それから以後、膳をすすめても決して箸を取りません。老体の禅師の身体を心配して道具を隠して休んでもらおうとしたのですが、かえって食事を摂らなくなってしまい、弟子達は困惑しました。
それが3日も続き、とうとう1人の弟子が「和尚は3日も食事を摂られませんが、なぜですか」と問いかけました。その時の禅師の答えが『一日不作一日不食〈いちじつなさざれば、いちじつくらわず〉』との一言。「私は今日1日何もしなかったのだから、今日は食べる事をやめにしよう」というのです。驚いた弟子達がすぐに道具を整えると、禅師は喜んで作務に出て、それ以後は平常のように食事も摂るようになったそうです。
この『一日不作一日不食』という言葉は『働かざる者食うべからず』とは違います。前者は『今日一日、私はこの食事が頂けるだけのつとめをして来ただろうか?』と自分で自分を反省し、律していくのに対し後者は、『お前は今日一日この食事を頂くだけのつとめをして来たのか?』と他人によって律せられる、という意味になります。自ら進んで食事を抜く断食と、他人から強制的に断食をさせられるのでは、同じように見える断食でも大変な違いがあります。
例えば、人が見ている前ではゴミはゴミ箱に捨てるけれど、見ていなければポイっとそこら辺に捨ててしまう・・。こんな身近な事も周りによって、ではなく自分自身の心がけが問われる事ですね。

次回もう少しこのテーマで書いて行こうと思います。